We had a good time.
Hello!
昨日は友人の絵理子の舞台を
ガールズたちと観劇しに行きました。
彼女が一生懸命向き合ってる舞台
だと知っていたので
私も原作読み込んで
観客としてしっかり向き合って
気合い入れて笹塚へ。
あえて役名も演出もなにもかも
聞かずに臨み、
想像していたことはことごとく
打ち砕かれ舞台の本当の凄さに
ただただ打ちのめされるばかり。
まず、『そこのみにて光輝く』の
舞台は1985年の函館。
小説を読む限り、舞台で
表現するにはかなり難しい
ロケーションが多く出てくる。
それを95分間セットチェンジなしで
表現しきったことに感動したのだ。
海岸沿いの雰囲気、
バラックの部屋の中、
達夫の一人暮らしの家。
そして夜〜朝までを
照明のみで表現しているのにも
感動した。
もう一つは、小説では電話や
手紙のやりとりが多く使われる中
それをあえて、対人での表現に
変えて演出していたこと。
小説では手紙のみで主人公と会う
描写のない妹は、
舞台では直接達夫に語りかけるように
舞台上を縦横無尽に駆け回りながら
快活な声で手紙の内容を語る。
この演出は全く想像がつかなかったし
舞台をギッと締める良い効果があった
のではないだろうか。
とくにこの妹の役、達夫を取り巻く
環境と真反対を生きていて、
しっかり者で理想的な暮らしを
おくっているのだ。
その対比は演者の絵理子の快活な声と
跳ねるような身体の使い方、
舞台から出てくる場所やはける場所
などで表現されている。
もちろん他の役者たちも
私が思い描いていた役の個性に
グッとハマっている役者が揃い
完全に小説の世界を
舞台の上で作り上げていた。
私は小説を夢中になって読んだし、
実はこの本には
『そこのみにて光輝く』の他に
続編の『滴る陽のしずくにも』が
収録されている。
舞台では『そこのみにて光輝く』のみを
描いていたが、私は続編まで読んで
作品を観たので余計に色々と思考を
巡らせてしまった。
達夫の寡黙さ、千夏の芯の強さ、
拓児の快活さなど全て
”文字”で感じて理解していたものが
生身の人間の”内側”で弾けている
様子が舞台から漂ってくると
感じ方もまた変わってくるし、
思考をとめて感じることに徹したくなる。
”行間を読む”この行為に
ものすごく長けた舞台だったので、
私はこの演出や台詞に
小説では読み取れなかった部分までも
ぶつけてもらった気がする。
重いテーマだと、暗い話だと、
小説のレビューでは言われているが
良い意味で行儀の良い物語だと
私は思っている。
収まるべきところに
収まっているのだ。
久々によい作品に出会うきっかけに
なってくれた友人に感謝を。
そして最後までこの物語と
向き合って演じたことに賞賛を。
nana
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